(感動名場面)「奇跡のバックホーム」(松山商業対熊本工業)

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高校野球史上最大の「奇跡のバックホーム」に感動するかも!?

夏になるたびに心躍る甲子園!実は、大の高校野球ファンで毎年1回は甲子園に足を運んで高校野球を観戦していましたし、コロナ禍でもテレビにかじり付いて見ています。(実は、少年時代に甲子園で焼きそばをこぼしたところを全国放送されたことがありますw)

いろんな名シーンがあるなかで、今回は、なんといっても高校野球史上最大の奇跡として、語り継がれている「奇跡のバックホーム」についてご紹介したいと思います。

1996年の夏の甲子園の決勝は、松山商業と熊本工業。

両校とも甲子園常連で強豪校でした。そして、決勝まで勝ち進みました。

奇跡は、9回の裏から始まる。

決勝戦は1996年8月21日、甲子園球場。

9回表までのスコアは3対2で松山商業が1点差でリードしていました。

9回裏も2アウトになり熊本工業は追い詰められていました。

松山商業のアルプススタンドは「あとひとり」コールが鳴り響いていました。

実況も「松山商業は決勝は20年ぶり8回目のことでありますが、優勝すれば27年ぶり5回目の優勝ということになります!」と松山商業の優勝がほぼ確信していたようでした。

熊本工業は6番バッターは1年生の澤村選手、その初球でした。

「打ったああああ!」

大きくふりぬいたボールは、ライナーでレフトのポール際に

「入ったあー入ったあー!!!同点ホームラン!!!!!1年生澤村、やりました!!!」

「9回裏ランナーなし」から1年生の一振りで、なんと同点に追い付きました。甲子園の4万8000人は、大きなどよめき、熊本工業は優勝したかのような大盛り上がり。

松山商業の2年生、新田投手は膝から崩れ落ち四つん這いの状況に。まるで敗戦投手のように。

「野球がもつ怖さ。ドラマですね」と実況

「あとひとり」からの同点、まさにそこにはドラマがありました。

でもこの後に、まさかあんなドラマが待っているとは・・・誰も。

そして、運命の10回裏。奇跡へと・・・

今度は熊本工業が、初の全国制覇のチャンスを迎えます。

10回の攻撃を振り返ると、先頭打者の星子選手が二塁打を放ちます。

ここで松山商業の澤田監督はレフトを守っていた背番号1の3年生・渡部をピッチャーにし、先発の2年生・新田選手をライトへ交代させます。

そして、バントで1アウト三塁となります。

松山商業は、1点取られれば、その時点で負けなので、満塁策を選択し、2人を敬遠して、満塁にします。

実況「4万8千の甲子園の観衆は、まさに固唾を飲むというような状況になりました」

まさにこの先の展開を誰も読めない状況のはずでした・・・。

実況「1つのミスも許されない状況で熊本工業の3番の本多!1人ホームを踏めば、サヨナラ。その瞬間に熊本工業の初優勝が決まります!」

「奇跡のバックホーム」はこうして生まれた!

ここでなんと、若干タイミングがずれて、澤田監督がタイムをとり、ライトの新田選手を交代させます。交代したのは背番号9番をつけた矢野選手。

1アウト満塁。内野は前進守備。

その初球。

高らかに打ちあがったボールは、なんと交代したての矢野選手のライトへ。

実況「いったあああああー!これは文句なしっ!」(湧く歓声!)

実況「しかし(風に)戻される!」(鎮まるスタンド)

実況「ライトは変わった矢野!(三塁ランナーは)タッチアップ!バックホームはどうだ!!」

ライトからのボールは山なりで、テレビの画面から消えるくらいで、大暴投かに見えたが、大きな大きな弧を描いて、なんとキャッチャーのミットにノーバウンド。

クロスプレイ。判定は??

一瞬、審判が止まりアウトのジェスチャー。

実況「アウト~!アウト!!!なんとダブルプレイ!変わった矢野がやりました!!」

チームメイトと抱き合う矢野選手。松山商業のメンバーは総出で優勝したよう。

その場に倒れたまま、呆然とする熊本工業の選手。

実況「私思わずこれは文句なしと言ってしまいました。大変失礼した実況したんですけども、風で押し戻されたとはいえ、よもやと思いましたが」

解説「私自身はこれね、両手に鳥肌がたっています」

奇跡は、こんなところにもありました。

試合はまだ終わらない~そして、11回表にも奇跡が・・・

この回のバッターは先ほどの奇跡のバックホームをした矢野選手。初球を打ってレフトへ。

ここで、芯でとらえた打球はレフトへ、これまで堅守だった守備が乱れ、後逸してしまう・・・。

矢野選手は2塁へ。ガッツポーズ&雄たけびを上げます!!

この後、バントで矢野選手は3塁へ。

敬遠で1塁3塁となり、次のバッターはプッシュ気味のバントで本塁に返ってきました。勝ち越しのホームを踏んだのは、あの矢野選手という奇跡。

そしてこの後、2点を追加し、松山商業が優勝するといったゲームです。

選手の心境(後日談)

ある記事によると、矢野選手はプレッシャーに弱かったらしいです。

松山商業のグラウンドのシートノックでは、全員ノーミスでなければ、終われないルールとなっていたらしいでのですが、矢野選手は最後の最後まで決められないことが多かったらしいです。

そして、キャッチャーに見立ててタイヤを置き、そのタイヤに向かって遠投を繰り返し練習していたようです。

矢野選手の出番は準決勝までに2試合しかなかったらしいです。

絶体絶命のピンチで出場した状況を、矢野選手は「とにかく、うれしかった」と語っていましたが、本心はやや違っていたようです。

たしかに、大舞台でいきなり交代したてで、そこにボールが来たら・・・と考えるだけで汗がでます。そして、

「イチかバチか思い切って投げました」

そして、その結果が、奇跡のバックホームを生みました。

この試合が教えてくれたこと

この試合は、テレビで観ていましたがたくさんのものを教えてくれました。

物事には流れというものがあって、1つ1つの行動が大きな結果に繋がること、ただ、その1つ1つの行動は単に偶然によるものではなく、目に見えないところの努力があること。

そして、最後まで諦めない気持ちが大きな成功になることを教えてくれました。

今でも自分に元気がないときには、この試合を思い出します。(今は動画で確認できるので嬉しいですね!)

今回参考にしたのは、こちらの動画です、是非是非御覧ください、一緒に感動しましょう!!

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今回は、以上です。最後までお付き合いいただいてありがとうございました!

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